方角事務所/灰鳥編

この記事はmonshist's server Advent Calendar 2021 19日目の記事です。

 

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方角事務所

 

灰鳥/黒雀

黒い雀は考える。
何故我らはここに在る?
瘡蓋のように固まった思考を回す。
罰だ、とどこかで聞こえた。
罪だ、と反響は酷くなる。
黒い翼を震わせ、一声鳴く。
審判だ。

赤い瞳で夜を見る。
濁った光の街へ。
翼と感情の赴くままに。
終末を運ぶ為に。

討伐対象ねじれ名、灰鳥。
黒い体躯に赤い瞳を持った雀であり、突かれた人間が数秒の苦悶の後灰と化す事例が発生、ねじれと認定された。
方角事務所フィクサーはU社巣内部にてセブン協会と連携を取り、該当ねじれの調査及び対象の処理を命ずる。



場所はK社巣の方角事務所内。
代表部屋で仏頂面のまま指令書と睨み合うオスタールの気分は苦虫を噛み潰したようだった。

「次の現場はU社巣内全域で、期間は無期限…おまけに金は前払いでも相当な上に成功報酬付き。セブンからの直接指令じゃなきゃ詐欺疑ってただろうな」

モーゼスから渡された指令書を手に深く息を吸ってため息。
指令内容のきな臭さはこの際考えずとも、ため息がどうしても出てしまう理由がその報告書にはあった。
フィクサーが最も重要視する項目であり、基本的に指令書の最初に記述されている筈の都市災害ランクの項目が空っぽなのである。
誤りでは無い。意図的に空白にされている。

「俺らの事務所を特色の集まりか何かだと思ってないか? また命も何もかも全掛けで嫌になるな」

都市において、ウチの事務所なら解決できますよと名乗りを上げるのはそういう事だ。
依頼の重さと事務所の実力は加味されず依頼が届き、失敗すれば事務所ごと地獄行き、成功で実績と金が手に入る。
釣り合ってるかと聞かれれば釣り合ってないが、いつだって都市の天秤は不公平な傾きを見せている。
ならこれぐらいの不公平なら充分…そう考えるのはあまりにも都市に毒されているのだろうか?

「ボヤボヤしててもしょうがねえか…トーツ、ウィヌク! 」

「うーす」

「はい」

「お前等にも指令書の写し渡しとく。次の現場はU社巣内の21区、武装が整い次第出発、以上! 」

選択肢が提示されても、どれを選ぼうかと迷う時間は無い。
命を賭けて命以上を得る。死ぬまで変わらないであろう都市の掟に辟易しつつ、オスタールは愛用の刀を腰に差した。



W列車駅ホーム。
人がごった返すように忙しなく歩くこの場所こそ、巣内で最も人が集まる所と言えよう。
全ての巣内に対応したホームが設置され、10秒の運行で都市の端から端まで移動するW社謹製列車を無くして、都市の栄華は語れない。
オスタール等フィクサーも愛用する移動手段である。

「うぇぇ…ちょっと休憩しない? W列車の移動はいつになっても慣れねえや…」

「たった10秒の移動でへこたれてる場合かよ。ほら頑張れトーツ、意地見せろ」

「おうお前ら遊んでる場合じゃねえぞ、入場すっから許可証出しとけ」

方角事務所の面々もそこに居た。
通行許可証を駅員に提出し、幾つかの業務連絡を行った後U社巣内への通行が許可される。
佇む超高層ビル、所狭しと建ち並ぶ膨大な種類の店。
そして裏路地からこっちを恨めしそうに眺める人間。どこを切り取っても平凡な都市の姿がそこには広がっていた。

「普通だな」

「流石無難な巣ランキング上位常連」

「11区でねじれ探しした時と同じ流れが使えそうで助かるな。俺はセブンに話通しに行くからお前等は先に裏路地の調査始めといてくれ」

「うぃす」

「了解です」

トーツ等と別れ、セブン協会支部へとオスタールは歩みを進める。
U社はそこまで広い巣では無く、歩きは多少で済む。特にトラブルも怪しいねじれも発見する事なく辿り着き、セブン協会の扉を越えて受付に向かう。

「方角事務所代表オスタールだ。本部からの直接指令を貰って来たんだが…」

「オスタール様ですね、要件は伺っております。奥で支部長がお待ちです」

「協力感謝する」

受付奥の扉には支部長室と書かれた板が打ち付けられていた。ノブに手を掛け入室する。
ふと懐かしい匂いが鼻を掠めた。
昔、まだ代表オスタールとして独立する前の同僚であり友人が好きだった紅茶の匂い。
部屋奥のデスク前にはティーカップを持った細身の男が立っていた。

「やぁ久しぶりオスタール、一杯どう? 」

「はっ、お前が人に紅茶を分け与えるなんてあり得るかよ、サルヴァラ」

「うん、飲みたいなら自分で作れば良い。茶葉もお湯もあるんだからね」

「一杯くれ」

「やだ」

「お前の性格はねじれ以上だな…」

ため息。
朝から幸せがずっと逃げてる気がするが、もう気にせずオスタールは電気ケトルのスイッチを入れた。
サルヴァラと話して短く済んだ試しが無い。
どうせ長話するなら…と半ば諦めの境地でオスタールは目の前の友人が推す紅茶を楽しむ事にした。



裏路地を歩く影が二つ。
トーツとウィヌクは裏路地で聞き取り調査をしていた。
都市で起こる事件の7割は裏路地で起きている。治安は終わりきっているが、事件に対する裏路地の住民の嗅覚は頼りになる。事前に察知出来ない奴は死ぬからだ。
ねじれの対処に情報は絶対に必要な物であり、特に裏路地の住民からの証言は貴重の一言。
ただ聞き取り調査が暇だったからか、トーツの方からウィヌクに話を振った。

「なあ今回のねじれさ、黒い雀らしいじゃん」

「そうだな。突きで生きたまま灰にされるってのがどんな苦痛か想像したくもねえな」

ウィヌクはぐぇーと舌を出す。
都市ではありとあらゆる死があり得るが、生きたまま灰になって崩れて死ぬのは相当キツい部類に入るだろう。
全くもって冗談では無い…。
掃除屋に溶かされるのとどっちがマシだろうか。そんな疑問が頭をよぎり、ウィヌクは苦笑を浮かべた。

「いや能力じゃなくてさ、何で雀なんだろって不思議でよ」

「ねじれに意味を見出す事自体俺はあんまりしねえからな、分からん」

「なーんで烏とかじゃねえんだろ。雀ってU社どころか都市でもあんまり見ねえのにさ」

「聞き込みしようぜトーツ。分からん事は後でモーゼスさん辺りに聞けば分かるかもだしよ」

微妙に引っ掛かりを覚えるが、疑問に答えが出ることは無い。
全知でもない一介のフィクサーであるトーツには分からない事ばかりだ。
少し頬を叩き仕事に不必要な疑問を頭から追い出し、冷えた空気を吸い込む。
冴えてきた思考と視界から、話かけても大丈夫そうな奴を吟味する。
壁に背を預けている子供が目に入った。
恐らく孤児で物乞い。
ネズミかどうかはまだ分からないが、どちらにせよ問題は無いと判断。
ウィヌクに目配せし声を掛けてもらう。

「あーそこの子、ちょっと話良いかな? 」

「……」

一度目を向けた後、直ぐに視線を外されてしまった。
淀んだ目を地面に向けて口を開く様子はない。

「はは、ナンパ失敗だな」

「…トーツ、パス」

「……」

ガラッと地面を擦る音と共に空き缶を寄こされた。
中には少量の硬貨と同情を引く言葉の書かれた紙。
実に分かりやすく簡潔な意思表示。
話を聞きたければ金を出せ、じゃなけりゃ喋らない。

「お前、金の無心はだな…」

「まあ待てウィヌク、この子もそれは分かってる。俺らなら手は出さないって確信してるんだろう。良い眼をしてやがる」

都市において金の無心は慎重に行われる物だ。対応を間違えれば力を持つ方が全てを牛耳って一銭も得られない。それどころか命すら無くしかねない。
その上でこの物乞いの子が行った行為は愚かですらあるが、当然無策で行うような馬鹿なら裏路地ではもっと早く死んでいる。
ウィヌクの言う通り、この物乞いの子は目の前の恐らく3級相当であろうフィクサー達は自分に手を出す事は無いと確信していた。
人を見る眼。それが自分が裏路地で生きる上で必要だと磨き上げた物だった。

「持ち合わせあるのかトーツ? 」

「ああ、多少だけどな。飲みには行けなくなりそうだ…」

幾らかの札を缶に入れてやると、それまで無表情であった子はようやく人らしく笑った。
嬉しそうに空き缶を懐にねじ込むと薄く笑みを浮かべたまま口を開く。

「…うん、確かに受け取った。それで何が聞きたいの? おじさん」

その言葉にトーツは苦笑を浮かべながら問いかけた。

「いやまあ合ってっけど……。じゃあまずは一つ聞かせてくれ。君の名前は? 」

「名前……名前は……無いよ。捨てちゃったから」

「そっか、じゃあなんて呼べばいいかな?」

「好きに呼んでくれて構わないよ。おじさん達が呼ぶように呼びやすい呼び方でさ」

「…ウィヌク! 」

「パス。テメーが決めろ」

淀んだ目には多少の期待が込められているのが分かる。
あざとく強かな子だ、とウィヌクは心の中で舌を巻いた。
それと同時にトーツにプレッシャーも掛けておく。
分かっているよな? と。
俺らは初対面の子の親になれる程余裕はねえぞ、と。

「あー…エリィなんてどうかな? 」

「分かった。その名前で私はこれから生きていくよ。ところで質問の続きは? 」

エリィは余りにもあっさりと言ってのけた。
トーツはさっきから気おされっぱなしであったが、何とか気を持ち直して質問を続ける。
ウィヌクはその後ろで少し笑っていた。他人事なら笑えるのだ。

「お、おう…じゃあさっきの話の続きだが、黒い雀について何か知らないかと思ってね」

「黒い雀? うーん、ごめんなさい分かんないや」

「そっか、じゃあ最近裏路地で灰になって死んだ奴とかは居なかったか? 」

「あ、それなら…ここから二本ぐらい隣の路地でそんな死に方した人の話を聞いたよ」

「お、それは助かる情報だ。ありがとな」

正直もう早く立ち去りたかった。
これ以上は重りになる、気にかけてしまう。
都市で、それも裏路地での孤児に気を割くのは自殺行為以外の何物でも無い。フィクサー失格だ。
ウィヌクに目配せし、そろそろ去る雰囲気を醸す。

「最後に良いかなおじさん? 」

「おう、なんだ? 」

「私みたいな孤児は何時もあんな風にお金を貰えるわけじゃない。だからまた来てくれたら嬉しいなって思ってるんだけど、ダメかな? 」

「…は、はは! もちろんだよ、その時はもう少し大金を持ってくるとするさ」

「俺も次は持ってくるさ。行こうぜトーツ」

肩を叩かれ、ようやく歩き出したトーツの足は重かった。
それを察してウィヌクも何も言わない。二人は後ろを振り返ることは無く、静かに歩いた。
両方確信に近い思いを抱いていた。
裏路地での孤児が大人になるまで無事な確立なぞ翼で定年まで事故も何も無く働けるのと同じくらい不可能。
別の裏路地に入ってようやく息を吐きだした。

「やっぱ俺裏路地の子供って苦手だ…」

「お疲れ。メチャクチャ心削られてたなお前」

「動揺もするだろクソッ…もう子供に聞き込みすんのは俺はパスで」

「じゃあ後はこいつ等から聞き出して終わりにしとくか」

二人を取り囲むように広がりを見せる刺繍付きのグループ。
捨て犬と斧派の下位グループである事は一目でわかった。
恐らくはここの裏路地を縄張りとする奴等であろう。縄張りにまんまと獲物が入ってきたので嬉しそうだ。
値踏みするように二人の装備を見詰め、斧を構える。
円形に広がり終え、下卑た笑みを浮かべるとリーダー格の男が声を上げる。

「おう命が惜しけりゃ金目の物全部置いてけ」

「素直に従ったら? 」

「俺らがお前ら殺して臓器剥ぎ取るのが楽になる」

「都市全体がこんぐらい単純ならなぁ…」

剣を抜いた。



場所は変わってセブン協会支部長室。
オスタールとはサルヴァラの両名はねじれ事件は一先ず置いといて近況話に花を咲かせていた。

支部長になったって聞いた時は驚いたぞ。これで親指の奴等に会った時もアンダーボス以外にはタメ口で行けるな」

「規則だ規律だうるさいからねぇあそこは。協会に属してる僕のがなんぼか自由に見えるよ」

支部長特典って何かあったりするのか? 協会での権限以外に」

「セブン協会指定のレイピア以外に一つ自由武装の認可、後は都市の規定範囲でレイピアへの改造許可とか」

「ほーん…」

「あんまり興味無さそうだねぇ、刀馬鹿。無垢工房製の持ってからますます傾倒してるじゃないか」

「昔の勘はとっくに記憶の彼方ってな。無垢の最高級品とか持ったらもう帰れないだろうな…」

他にも事務所立ち上げて今3人でやってるとか、支部長の正装である片眼鏡が邪魔だとか久しぶりの会話は思いの外盛り上がりを見せる。
話も佳境に差し掛かり、淹れた紅茶が少し冷めて来た頃オスタールの持つ通信機器が震えた。

「おっと…オスタールだ、どうした? 」

『ウィヌクです。たった今聞き込みが終わりました。捨て犬と斧派から充分な証言が得られましたよ』

「良くやった。何人か殺したか? 」

『全員生かしてます。腕か足が飛んでるのも数人居ますが…首が飛んでないので生きてますね』

「そりゃ良い、報酬は期待出来そうだ。ツヴァイの手配はこっちでやっておく、今日の仕事はここまでにしよう」

『了解です…』

ピッと通信を切り、一つ息を吐く。
ねじれに関する情報は二人の話から照合するとして、その作業は一先ず明日以降だ。

「今のが部下の子? 」

「あぁ、トーツとウィヌク。俺の事務所のお抱えフィクサーさ」

「確か話では二人とも3級フィクサー…今回のねじれ事件の功績次第では方角事務所は2級事務所に昇格するかもねぇ」

「相応の地位と金が貰えんなら何でも良いさ。ところでサルヴァラ、宿ある? 」

「セブン支部の宿舎で良ければ」

「助かる」

サルヴァラに礼を残し、支部から外へ出る。
時間はそろそろ夕方を過ぎた頃であり、近況の語り合いを始めたのは大体昼を過ぎたぐらいだったので大体2時間か3時間は経ってたらしい。
明日からは矢面に立つのがオスタールの方なので初日にこんなでも許されている。
多分。

「とはいえ労いも兼ねて飲み奢りぐらいはしねえとな…」

「良いね。ここら辺なら少し高いけど良い店知ってるよ、裏路地だから治安はちょっとアレだけど」

「まあ金は多少ある…指令の前払いの羽振りが良いとこんな時助かるよ。後着いてくる気満々のお前にはもうつっこまねーからな」

「仕事終わりの時間被ったから久しぶりにね。事務所の新入り達も直接見てみたい」

堂々と言い放つとサルヴァラは鼻歌交じりに歩き出す。
しっかり武装しているところを見るに治安は本気でアレらしいが。
トーツ等に指定の場所で待つよう指示を送り、歩き出したサルヴァラの後ろを付き裏路地に入る。

「裏路地は寒いね」

「理由は風だけじゃあ無いだろうな」



裏路地の景色はどこも同じだと巣の住民は言う。
それが正しいかを裏路地の住人に聞けば一笑に付されて終わりだ。
一度入ってみるとよく分かる。巣の中からだって本当はよく見える。
自分達に向けられる羨望と殺意に溢れた淀んだ目、それを楽しむことが出来たなら君は立派な翼の住人だ。裏路地は誰も拒むことは無く、誰も救うことは無い。

「灰だ! 灰が来たぞ! 」

「屋内に早く逃げろ! 」

裏路地での事件は唐突にやってくる。
ねじれは特に予測できない。その数すらも。
悲鳴を上げながら逃げ惑う住人をしり目に、トーツとウィヌクは苦笑を交わす。

「マッジかよ討伐対象…! 突き一発でアウトのねじれか! 」

「複数ってのは聞いてなかったな! 前の事件から増えやがったのか!? 」

赤い瞳は数百の数となって二人を射抜いた。