方角事務所

この記事はmonsihist's server Advent Calendar 2021 5日目の記事です。

 

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方角事務所


草木も都市も眠りに付く裏路地の夜。 月だけが観客の明かりの下で、俺ことトーツと相棒であるウィヌク…方角事務所のフィクサーは。 裏路地のレストラン内で殺人料理共と命懸けの追いかけっこをしていた。

 

「ぬああああ! しっつこいなあの人喰い料理共!! 今サンドイッチが頭掠めたぞオイ!? 弾丸みてえなハンバーグも飛んできてるってぇ!!」

「さっき避けたカレーが発火してたって! クッソ、さっきからスパゲティが蜘蛛の巣みてえに!! ムカデみてえな動きする卵焼きもさっき居たぞ! 」

「俺しばらく卵料理食えねえかも! 」 

「同じく! 」

 

居酒屋ではお通しで法外な値段を課されるのも常なこの都市だが、お代が命の料亭ってのはエッジが効き過ぎだ…23区のイカれ共が経営するレストランではよくあるって話はウチの事務所代表オスタールさん談。
ここ最近はこんなのばっかだ。 ねじれ現象…都市の人間が強力な感情と共に怪物に変身する現象。
ピアニスト事件なんかは都市の住人には醒めない悪夢として記憶に新しい。 9区の人間を8割殺した挙句に、特色派遣まで踏み切られた紛れもなく都市の星レベルの災厄。 

 

今回の食人レストランは都市疫病レベル。 俺らが二人で対応するには多少荷が重いがそこはそれ、無理して功績を挙げに来たわけではないから安心して欲しい。
俺たちの仕事はあくまで陽動で、この現象の大元である料理長を叩くのは…

 

「待たせたなお前ら。料理長は処理完了だ」

「オスタールさん!! 」

「待ってました! 」

 

我らが方角事務所代表、オスタールさんだ。
無垢工房製の刀が抜剣に応じて鈍く光る。数度の輝きを残して、無骨な刀は背後の迫る食べ物共ごと壁を斬り崩した。
相変わらずおっそろしい斬れ味の刀。あれで無垢工房製では粗悪品レベルだってんだから笑える。都市は見上げれば見上げる程上ばっかりだ。

 

「ああ、元凶殺したからか建物自体が崩れかけてる。最短ルートで脱出すっから壁ぶっ壊すぞ、武器を抜け! 」

「あいよ! 」

「了解です! 」

 

俺が境界工房製の双剣を引き抜き壁に切り込みを入れ、ウィヌクが龍熱工房製の大剣で一気にぶち破る。
最近体に施した強化施術の影響も相まって、店の壁は瞬く間に崩れ去って道が出来た。
勢いそのままに、俺達は夜空の下へ駆け出した。



方角事務所はK社の巣内部に本拠地を構える3級事務所であり、所属フィクサーは代表であるオスタール、トーツとウィヌク含む3名から成る。
都市において事務所は何でも屋が基本形となるが、正式にねじれ現象への対処として派遣される事務所は多くない。より正確に言えば方角事務所を抜くと後一つしか存在しない。
そこに目を付けて、自分達ならこの現象解決できますよと名乗りを上げた方角事務所は結果的には慧眼だった。

K社巣内部11区の事務所に帰って一眠りかました後には、協会ともう一つの正式なねじれ現象に派遣されている事務所へ情報連携する為の報告書作成が待っている。
有り体に言ってしまうと、事務員が居ないウチの事務所では作成が非常に面倒くさい。
誰もやりたがらないが、それだと報酬が消し飛ぶ。
だからウチでは単純かつ分かりやすい方法を取る。

 

「「「最初はグー!!! 」」」

 

ジャンケン。
チョキ、チョキ、パー。
トーツが負けた。


方角事務所ともう一つのねじれ対処の事務所。
その名をモーゼス事務所。5級事務所ではあるが、ことねじれという現象においては先輩事務所に当たる為立場はモーゼス事務所が上となる。
モーゼスは方角事務所へ足を運ぶ道中でエズラを店に並ばせ、普段使いの煙草管を吹かす。
持ち帰りで買えたらそのまま方角に来いとの指示も伝えておく。伝えないと道草で今日中に事務所にエズラが来ない可能性もあるからだ。
ふーっと煙を空に溶かし、事務所の扉を叩く。

 

「やあこんばんは方角の皆さん、報告書を受け取りに来たよ」

「すいませんモーゼスさん…ウチのトーツが今作成してるんですが」

「ぬおおお壁の値段とか知らねえしねじれとかどうやって説明すんだよ!!! 」

「破断建造物申請と使用武器申請は終わらせてきたぞトーツ、お前これ貸しだからな」

 

俺は昨日の夜から頭を抱えっぱなしだった。報告書は常に正しい情報を望むが、それは受け取る協会側の常識に照らされて判定される。
ねじれがまだまだ一般の事件として普及してない今は、5区のレストランで人食い料理とその料理人をぶっ殺してましたと書いた所でどうやって信じてもらうんだよ。
良いとこ精神病院行き、悪けりゃ報告書改竄でセブン協会にシバき回されちまう。

 

「ねじれはまだまだ一般とは言えないからねぇ…」

「モーゼスさん! ねじれ報告書の書き方教えてくれません!? 」

「あー…すまんね、報告書は基本エズラに処理させてる…報酬授与の速さからそこまで見てるとは考えにくいとだけ言っておくよ」

「マジっすか、後一時間で済ませます! 」

「凄い思い切りだな」

 

それきりモーゼスさんは何も言わず煙草管を吹かすのみになった。
モーゼスさんがわざわざウチの事務所に来たという事は、セブン協会からの直接指令を多分持って来てるのだが喋らない。
あの人はそういう自分の時間で生きている所があるというのはエズラさんから聞いている。
それよりも報告書を仕上げなければ…。

 

「あれ、そういえばエズラさんは? 」

「ああハムハムパンパンに並ばせてるよ。手土産を忘れていてね」

 

-次-

都市に翼、翼に羽、羽に事務所に裏路地。
幾多の人や技術を飲み込み、都市は血のように赤い翼を拡げる。
止まり木を持たない鳥は羽が抜け落ちようとも藻掻き、羽ばたきを止めない。
既に空は遠くなって久しいというのに。

-朱雀-